ま、こんなもんでしょ blog

世の中とプロレスごっこがしたい40代

昭和生まれのオッサンが見てきたインターネットの世界

平成生まれの僕が見てきたインターネットの世界

読みました。昭和(1970年代)生まれのオッサン的にもインターネットで話題! とかアオリをテレビや新聞の広告やニュースで見る度に、「ドコのインターネットやねん!」と心の浜田雅功が突っ込む事が多々あるわけで。

でもその一方で、「僕の知っているインターネット」はどういうものだったろう、とも考えた。今の子供たちほどデジタルネイティブな世代とは言えないだろうが、小学生の頃からインターネットに触れていた。今まで、どんなサービスを、どのように使ってきただろう。そんな回顧録

コレに俺ものっかって、人生ではじめて見たホームページは『餅月あんこのホームページ』という黒歴史を持つオッサンが、使ってきたネットサービスとコミュニティ中心に、備忘録代わりに行う回顧録はじめます。

はじめてのぱそこん

1997年10月 手にしたばかりのバイト代から10万円を、キョウエイマーチメジロドーベル馬連に突っ込んで、得た30万円を軍資金に欲しくてたまらなかったパソコンを購入。


いわゆる青札VALUESTAR

DTMとかやりたかったのでMacを…と思いつつ結局エロゲやりたかったのでNECのPC-9821V233を秋葉原ラオックスで購入。たしか26万ぐらいだったかな? NECの98撤退と展示現品かなにかで投げ売り状態だったような記憶。

主要スペックはこんな感じ

きっかけはチャットルーム

パソコンを買ったものの、パソコンやインターネットに関する知識がほとんどなかったので、本屋で読みやすかった『日経Click』を買ってそこに掲載されている情報を元に、インターネットに接続。『KSCチャット』なるサービスにたどり着き『ゲーム好きの人のチャット』というチャットルームに入り浸る様に。


ブラウザはNN→NC ブラウザが有料でパッケージ販売とかされてた

当時ひとり暮らしでコアなゲームの話をする人なんて周りにいなかったので、夜通しチャットするぐらいハマった。画面の向こうにもうひとつ世界がある! と大げさに思ったぐらい。

チャットルームで知り合った人たちのおかげでメキメキとPCスキルが上がる。『ホームページビルダー3』を使ってホームページを公開したのもこの頃。UPしたたのはジオシティーズ。画像編集ソフトは何をつかったらいいの? という質問に対して『Photoshop』というチャット仲間からの情報を元に秋葉原に行き、『Photoshop 4.0J』を購入、10万した。この10万どこで用意したのか未だによく覚えていないがこの頃馬券の調子がよかったので金回りがよかった記憶が…。



こんな感じのCGIチャット、ゆいちゃっととかなつい…

余談だが、クレジットカードがなかったのでダイヤルQ2のプロパで従量制+NTTの通話料で接続、えらい金額の請求が翌月やってきたのは言うまでもなく、その後クレジットカードなしでも加入できるプロパを見つけて、テレホにも加入して23時からはビジーとの戦いだった。

チャットルームは今のSNS代わりみたいな感じだったかなぁ、と振り返ればそう思う。チャットルームと平行して使っていたのがICQ。チャットでの裏会話用やファイル送信とか。仲間内の連絡には欠かせないツールだった。

あとこの時代だと、80年代アーケードやファミコンのエミュ熱が高かった気がする。『志保ちゃんのエミュレータニュース』はこの時期にネットやっていた人は一度は訪れたページではないかと思う。

ウルティマオンラインの衝撃

この時代に忘れてはならないコミュニティは、オンラインゲームのコミュニティだ。『Diablo』がゲーム雑誌の『ゲーム批評』に究極のゲームとベタ褒めされていたがその波には乗れず、次の波を待っていた自分にやってきたのが『ウルティマオンライン』。参加したのは丁度日本第3のサーバーWakokuが出来るちょっと前だったので、98年秋頃だったと記憶している。キャラメイクをして、ログインするもいきなり襲い掛かる何をしたらいいのかわからない感。件のチャット仲間たちと協力して少しづつキャラを育てるも、ブリ西三叉路でPKに狩られたり、メンバーがお金を出し合って購入したギルドハウスの証書を速攻で有名スリ師OjisanMasterにスられるとか、なんでもアリのMMORPGを体感して、軽いネトゲ廃人コースに。バイトサボってクビになるとか日常生活がヤバくなったりもしたなぁ(遠い目)。

この頃は、通っていたチャットルームやウルティマオンラインで知り合った人とOFF会を定期的に開いていた。中高校生から社会人までいろんな人が居たけど、良い人が多かった。男女比8:2ぐらいだったけどサークルクラッシャーみたいな女子(笑)もいなかったし。東京ゲームショウがあるときに、関西から高校生のチャットで知り合って面識のない知人がゲームショウに行きたいと行っていたので、じゃウチ泊まりなよと泊めてあげたりしたりとまぁなんとも牧歌的な時代でした、ハイ。

2000年前頃の俺インターネット覚書

  • ISDN128Kだって!! OCN専用線!!!! 
  • Yahooに個人のホームページが登録されていた
  • 検索エンジン情強はgooを使用、google先生はまだ登場していない
  • ホームページは和ジオ。アングラ系や違法ファイルは、鳥、地球病。
  • mp3がやってきた! Winampマジ神!
  • BM98

2000年頃のWebコミュニティ

そうして入り浸っていた『KSCチャットルーム』が99年頃に閉鎖。特に仲の良かったメンバーたちとは、ICQや個々の持っていたホームページの掲示板、ポストペットなどで連絡を取る状態に。新しいつながりは特に出来ないけれど、この時期は気に入ったホームページがあると、掲示板に感想などを書き込み交流するみたいな感じのスタイルが一般的だったと思う。

99年には2chが開設されて、鮮度のいい情報や噂を得るには2chが便利みたいな感じに2000年にはすでになっていたと思う。なにかと批判される2chだったが、マイナーな趣味などの同士が集まる場所としてとても有意義だった。



殺伐とした吉野家が好きです

吉野家コピペから生じた、「吉野屋オフ」など、2chのコミュニティに参加しだしたのもこの頃で、「湘南のゴミ拾いオフ」「ムネオハウス」「Flash紅白」「マトリクスオフ」などに参加しネット界隈の知人が増えたり、WinampSHOUTcast、韓国のINLIVEを使ったネットラジオなどでコミュニティを作っていた。

2ch以外では、2003年にβ版がリリースされ、結局ポシャったオンラインゲーム『疾走、ヤンキー魂。』にハマり、ゲームのポータルサイトを作ったり、ゲーム内でイベントを行ったりした。この時代のインターネットは、まだまだホームページが中心のコミュニティだったと記憶している。このころ有名サイトが主催するオフ会も別に何者でもない読者が気軽に参加出来る空気があったのを覚えている。

mixi

侍魂』から一気に花開いたテキストサイトから世はだんだんブログへと移行。ブログ文化にはあまり乗りきれなかった俺の耳に、2003、4年頃になると、海外でなにやら招待制のコミュニティが流行しはじめている。という情報が入り出す。日本でもmixiってやつがCOOLだぜ! と風の噂で聞く様になった。知人にそんな話をしたら、mixiやっているので招待するよ。とあっさりmixiに入会。2004年夏頃の話で登録されたID番号は5桁とまだ、mixiが小さなインターネットだった時代だ。



今はどうしてこうなったwebサービス横綱

mixiには、2000年以降良くも悪くも一般化されたなぁ〜と思っていたインターネットに、90年代末期のあの濃さが戻ってきた感じがした。非常に懐かしい感じで、一度離れていたひとともまたmixiで繋がり直す。そんなmixiを俺は「出会い直し系」と感じつつ、mixi中心のコミュニティをネット上で築くことになった。

SNS疲れと地方のインターネット

2004年末、東京を引き払って故郷の四国に13年ぶりに戻った。Uターンってヤツです。mixiあれば東京での知り合いともゆるく繋がれるし、Amazonなどネット通販で買い物も問題なし、これからは地方でヤンス! と田舎に引っ込んだわけだが、田舎なめてた。このインターネット時代でも情報を得ている人とそうでない人の差が激しい。最新のネットサービスを利用しても近くで利用している人が少ないものだからリアルに会ってそれらの情報交換をすることがやりづらいというデメリットがある。

それでも登録制のFacebookは自営業者の多い地域なので、個人を看板代わりいしている人には相性のいいSNSとして普及していたりと地域地域の特性というものも感じる今日このごろ。自分はいろいろやってみてTwitter最強! と思えるぐらい自分の好きな景色だけが構築できるTwitterが一番おもしろいと思うが、インターネットのサービスというものに興味があるので、様々なサービスを日々使う様にしている。

オッサンなんなもので、年々保守的になってくるのもわかるし、自分が見える範囲のインターネットと、スマホTwitterやLINE使う非ヲタ層や、同じオタク趣味でもニコニコ動画やPixivが主戦場みたいな若いオタクとは同じインターネットという世界でも全く違う景色を見ていることは間違いない。

んでもってなんで今、こんな長文をだらだらと書いたのかというと、冒頭に述べたように備忘録的なところもありつつ、元記事のラストに初音ミクの『Tell Your World』からの歌詞が引用されていてそれに賛同したからだ。この曲というかPV大好きなんだよね(勢い余ってこんなコラム寄稿したぐらい)。オッサンと平成生まれの青年がシンクロするところもインターネットの醍醐味! ミクさんマジ天使! などといい話風に締めて今回はおしまい。



おまけ昔よく見てたサイト(3つ以上かぶった人はなかよくなれそう)
セガBBS、セガマニア@大阪、A_PROMPT.、パワートダイ、TECHSIDE、HEXAGON、悶えろ!!燃えプロゲッターズ、絶望の世界、山本総翼右ムェゲ、街の灯、カルトブックマーク、一流ホームページ、sawadaspecial、Tentative Name、ちゆ12歳、連邦、音楽配信メモ。適当に殴り書き、敬称略でございます。


更新:2013年:12月1日9:10:冒頭の昭和(70年代)を昭和(1970年代)に修正しました。
更新:2013年:12月1日11:55:おまけのサイト名、パワードダイをパワートダイに修正しました。
ブラウザについてのキャプションを一部修正しました。